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心の病気と社会

 本論は、院長が「適応障害の理解と治療社会精神医学的視点からー」と題して、日本評論社刊「こころの科学」の114巻3号(2004年)に発表したものである。

社会の病理と精神の病理
精神疾患の成因論的模式図
マスローの欲求階層説と時代的背景
「適応障害」の事例


社会の病理と精神の病理

 カール・ヤスパースは、病の歴史は社会史と精神史の枠の中における歴史であると指摘している。すなわち、ある種の病はある時代状況では盛んに起り、別の時代状況になるとほとんど消えてしまうことがあるとしている。彼によると、中世ではヒステリー現象がかなり歴史的意義を持っていたが、現代ではますます薄れている。しかしそれに反して、中世では統合失調症の重要性はなかったが、過去2〜3世紀はそれが大きな影響を持つようになって来た。

 またヘンリー・マーフィーによれば、18世紀にはうつ病がヨーロッパ大陸に比べて英国において際立って多く見られたので「イギリス病(maladie anglaise)」と呼ばれていたという。彼は、その歴史的背景として3つの要因を挙げている。第1は、プロテスタンテイズムの興隆によって人間と神との関係が改められ、人は重い罪の重荷を背負うことになったことである。第2は、育児の仕方の変化があり、それによって将来の大人の育成がいっそう強調されることになっただけではなく、両親子供関係が一貫したものとなったことである。第3に、地理的な人口移動と自主的な経済的個人主義の著しい増大によって、密接な社会的絆は弛緩し、情緒的な支えが乏しくなったことであるという。しかし19世紀には、うつ病は英国だけの特徴ではなくなり、「イギリス病」という言葉は消えていったという。

 このように、精神の病理には、それぞれの社会の時代精神が大きく影響している。特に、適応障害はその定義によれば、ストレスがなければ発症しない精神疾患であるので、それに対する社会要因および時代精神の影響は大きいと考えられる。

精神疾患の成因論的模式図


精神疾患の成因論的模式図

各種の精神疾患を成因論の観点から模式化すると図1のようになると考えられる。精神疾患の発症要因は、通常は生物学的要因、心理学的要因と社会的要因の3つに分けられる。ここでは視覚的に模式化するために、心理学的要因と社会的要因とを合わせて心理的・社会的ストレスとして縦軸に表した。生物学的要因は、その意味を具体的に表すために脳神経系の機能的・器質的障害として横軸で表した。この図では、白い部分の横幅が大きいほど心理的・社会的ストレスが発症に大きな要因となっていて、黒い部分の横幅が大きくて黒色が濃いほど脳神経系の機能的・器質的障害が発症に大きな要因となっていることを表している。この図1から明らかなように、脳神経系の機能的・器質的障害が最も重い疾患からそれが軽い疾患へと順番に配列するならば、痴呆症→統合失調症→感情障害→神経症性障害→適応障害となる。一方、心理的・社会的ストレスが発症に発症に最も大きく関与している疾患からそれがほとんど影響しない疾患へと順番に配列するならば、適応障害→神経症性障害→感情障害→統合失調症→痴呆症となる。すなわち、適応障害は心理的社会的ストレスがその発症に最も大きく影響し、逆に脳神経系の機能的・器質的障害が最も少ない精神疾患である。しかし、同じ心理的・社会的ストレスの基でも発症する人と発症しない人がいるわけであるから、脳神経系の機能的・器質的障害によるストレスに対する脆弱性が軽度ながらも存在すると考えられる。それと健常者の脳神経系の機能と区別することは困難であり、そこに適応障害の診断学的に曖昧な領域が残される一因となっている。

マスローの欲求階層説と時代的背景


マスローの欲求階層説と時代的背景

心理社会的ストレスを考える場合に、何が人間にとってストレスになるかをマスローの欲求階層説に基づいて考えてみたい。マスローによれば、図2に示すように、人間の欲求は次の五段階の階層に分けることができる。第1段階は、食欲、性欲などの「生理的欲求」である。この「生理的欲求」が充足されると、人は次の第2段階の欲求を求めるようになる。それは、生命の安全を求める「安全の欲求」である。この安全の欲求が充足されると、次に第3段階の欲求を求めるようになる。それは人に愛され、家族や社会などに所属することを求める「愛と所属の欲求」である。この「愛と所属の欲求」が充足されると、次に第4段階の欲求を求めるようになる。それは、自分の能力や地位が認められることを求める「承認の欲求」である。この「承認の欲求」が充足されると、人はさらに次の欲求を求めるようになる。それは、自分の能力や生き方の可能性を高めようとする「自己実現の欲求」である。これらの欲求が充足されなければストレスとなる。

次に、このマスローの欲求階層説を人間の歴史からみるとどのようになるかを考えてみたい。

 狩猟・採集時代には、人々は日々の糧を得ることができるかどうかに大いに悩んだに違いない。あるいは、他の動物や他の部族から襲われることを恐れながら暮らしていたに違いない。つまり、この時代の人々は、生理的欲求や安全の欲求が脅かされるようなストレスに怯えていたのではないだろうか。原始社会ではタブーを犯す者には死がもたらされることもあった。

 農耕時代には、人々は作物ができるかどうか雨模様を心配したり、農地への水の取り入れをめぐる水争いになったりすることもあったに違いない。また人々は、その共同生活をしている村から村八分として疎外されないか怯えることもあったに違いない。つまり、この時代の人々は愛と所属の欲求を脅かされるようなストレスを感じることがあったに違いないと考えられる。

 封建時代には、封建領主のもとでの絶対支配によって、その家臣のみならず一般領民は堪え難い忍従を強いられたこともあったに違いない。それは各地で起った百姓一揆に見られるとおりである。また、「泣く子と地頭に勝てぬ」という言葉が残っているのは、その事を伝えているものと思われる。あるいは封建領主の間での争いによって、その住む所を追われたりすることもあったに違いない。あるいはまた、人々はそのような階層化した社会の中で差別を受けたり、排除されることに怯えることもあったにであろう。紀元前5世紀は、インドでは現世は苦の世界であり来世への往生を説く仏教が生まれ、中国では春秋戦国の乱世に秩序をもたらそうとした儒教が生まれた時代であった。 つまりこの時代の人々は、愛と所属の欲求や承認の欲求が脅かされるストレスを感じていたのではなかろうか。鴨長明の方丈記は、そのような封建時代の桎梏からの離脱を願ったものと見ることもできるであろう。また近松門左衛門の世話物も、個人の欲望と封建時代の義理や人情との確執を描いたものと言っても良いであろう。

 現代社会では、人々は自らの力の承認を求めて、あるいは自己実現を求めて、地理的にも移動し、またその所属する所もしばしば変わる。つまり現代社会の人々は、承認の欲求や自己実現の欲求が脅かされることが多いであろう。

 このようにいつの時代にも、それぞれの社会と時代精神の中で、それに脅かされた個人の欲求に関連したストレスがあり、それが適合障害の発生をもたらしている可能性を否定できないであろう。

適応障害の事例

筆者の診療した適応障害の事例では、発症誘因となったストレス事象としては、職場内葛藤、夫婦葛藤、異性との葛藤が3大誘因であった。この3大誘因は、マスローの欲求階層説に基づいて見ると、生理的欲求ないし愛と所属の欲求に属するものであった。安全の欲求が脅かされることが少ない我が国の中では、生理的欲求と愛と所属の欲求は生きる上での根源的欲求であり、それらが3大誘因となていたのは、マスローの欲求階層説の妥当性を示すものであろう。

その他に、現代的な自己実現の欲求の挫折と考えられる事例も少なからず見られた。次にその1例を挙げる。

<事例1>A氏、40代、女性

A氏は、大学を卒業後ずっと、ある公的機関に勤務している。そこでの業務の運営が効率的でないことにかねてより疑問を感じることが度々あった。最近、職場の異動があり新しい職務に就いた。A氏は、その職務の責任者ではないが担当者の立場であった。A氏から見ると、その職務が目的どおり運営されているとは思えなかった。もっと効率の良いやり方があるように思われた。それを上司に話しても取り合って貰えなかった。しかし、自分なりに最善を尽くそうと考えて、その仕事に取り組んでいるが、そうすると毎日の残業が多くなり、帰宅するのは午後10時頃になっていた。週末になっても、仕事の事が頭から離れなくなってきた。A氏は、もっと良い仕事の仕方があるのではないかと考えて自分を責める気持ちになってきた。また、このままその職場を続けることにも疑問を感じ始めてきた。最近は、疲労感が強くなり、時々腹痛を起こすが身体的には異常がないと言われている。睡眠中に不安を催すような夢を見ることが多くなってきた。

 この事例では、組織の論理の中で自己実現を求める欲求が相克して、自責感を催すと共に、疲労感や腹痛などの身体症状、さらには不安夢を見るようになってきたと考えられる。

その他に、現代人と生活特徴の一つとなている移住することが発症誘因としてかかわっていると考えられる一例を挙げる。

<事例2>B氏、30代、女性

B氏は、1年前に在日外国人と結婚して間もなく、夫の出身国へ移住した。その国では、夫は失業中であり、健康保険にも加入していなくて不安であった。さらに、夫がB氏の移民許可申請を中々申請してくれないことも不安であった。その後、その地で出産したが、出産に掛かった医療費が極めて高いので動転した。その後、気分が沈み、ホームシックが強くなり泣いてばかりいる毎日となった。「死んでしまいたい」と考えることもあった。しかし、こんな惨めな気持ちを現地にいる日本人にも相談できなかった。その後、一旦帰国し実家で過ごしているうちにうつ気分は回復してきた。しかしB氏は、異国での将来の生活の不安が残っているため受診した。

 この事例では、愛着対象としての故国を離脱したこと、異文化体験、夫からの物心にわたる支援のない中での出産などが発症誘因となり、希死念慮を伴なうほどのうつ状態を呈したものと考えられる。すなわち海外移住に伴う心理的・社会的ストレスのいくつかが重複して適応障害の発症を誘発したものと考えられる。

文献

1)K.Jaspers:Allgemeine Psychopathologie.(内村祐之・他訳「精神病理学総論」下巻、岩波書店、1956)

2)H.Murphy:Comparative Psychiatry.Springer-Verlag,1982(内沼幸雄・他訳「比較精神医学」、星和書店、1992)

3)A.Maslow:Toward a psychology of being.(上田吉一訳「完全なる人間-魂のめざすもの-、誠心書房、1998)

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