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説明することの臨床的意義

以下の論文は、院長が精神科臨床サービス誌 第5巻4号(平成17年10月)に発表したものである。

なぜ説明が必要か
何を説明するか
いかに説明するか


なぜ説明が必要か

近年、治療者と患者の関係は、かつての治療者側の保護者的立場(パターナリズ)から、患者側の自己決定に基盤を置くものへと変化してきた。患者側が自己決定をするにあたっては、当然ながら、その自己決定にあったっての判断根拠となる説明が治療者側から提供されなければならない。医療における説明と同意が強調されるようになったのは、高柳4)によれば、我が国においては1971年に東京地裁の乳腺症事件で「病状および手術の必要性に関する医師の説明が要件である」との判決が下されたことが大きな契機となった。この説明の必要性について、医療法はその第1条において、「医師、歯科医師、薬剤師、看護師その他の医療の担い手は、医療を提供するに当たり、適切な説明を行い、医療を受ける者の理解を得るよう努めなければならない」と定めている。

患者側の自己決定権は、米国においても市民権運動や消費者運動の社会的思潮を背景にした患者の権利運動として生まれた。その結果、1973年に米国病院協会は「患者の権利章典」を発表した。そこでは、インフォームドコンセント(説明と同意)の原則、治療拒否権、プライバシー権を謳っている。また、1981年には世界医師会総会において「患者の権利に関するリスボン宣言」が採択された。その中でも自己決定権が謳われ、次のように記されている。「判断能力のある成人患者はいかなる診断手続あるいは治療であれ、それを受ける事を承諾あるいは拒否する権利を有する。患者は自己決定を行う上で必要な情報を得る権利を有する。いずれの検査や治療についても、その目的、もたらされる結果、拒否した場合に予測される事態を患者が明確に理解できるよう配慮されるべきである。」 さらに、1991年には、国連総会において「精神疾患を有する者の保護及びメンタルヘルスケアの改善のための諸原則」が採択された。その原則11は、治療への同意となっている2)。それによれば、患者が判断能力を喪失している場合や切迫した危険が患者または他人に迫っているなどの例外的な場合を除いて、患者のインフォームドコンセントなしには、いかなる治療も行われないとされている。そのインフォームドコンセントとは、患者の理解しうる方法と言語によって、以下の情報を、十分に、かつ、患者に理解できるように伝達した後、患者の自由意思により、脅迫又は不当な誘導なしに得られた同意をいうとしている。以下の情報の詳細については、次節の「何を説明するか」において紹介する。以上、説明の必要性を患者側の自己決定権という法的・倫理的理念に基づいて述べた。

 しかし、説明の必要性はそれだけではない。精神疾患を持つ人には、自らの不安や苦悩が精神疾患からもたらされたものとの疾病認識に乏しい場合が多く見られる。それらの人々が疾病認識を獲得し治療動機を持っていくようにするためにも、適切で十分な説明が必要である。

また、私達は日頃の臨床の中で、同一の患者に対して同じ薬が別の精神科医によって処方された場合に、その治療効果が異なったり、副作用の現れ方が異なったりするのを経験することがある。Tasman, A.ら5)は、このような現象が現れる根底には治療者ー患者関係の問題があるとしている。患者に対する敬意に満ちた治療者患者関係から生じる患者の満足感は、精神薬理学的な効果に協働的な効果をもたらすとしている。このような治療的に有益な治療者-患者関係を築き維持するためにも、適切で十分な説明が必要である。

さらに、精神疾患は一般に長期経過をたどるものが多いので、患者が治療者と共に病気と取り組むようにするために病状や治療について十分に説明する必要がある。

すなわち、説明の必要性は、第一に患者側の自己決定のためであり、第二に治療動機を高めるためであり、第三に治療者-患者関係を樹立し維持するためであり、第四に治療への意欲を高めるためであると言えよう。このように、説明することは単にインフォームドコンセントの法的義務を果たすためだけではなく、患者や家族などと協働して治療ないしリハビリテーションを円滑に進めるために欠かせない臨床技術となってきたのである。

何を説明するか

  Appelbaum,P.S.1)によれば、インフォームドコンセントの法理念が確立される以前には、十分な説明は医学基準に基づいていた。それによれば、十分な説明とは、理性的な医師が同等あるいは同じような環境で採用する説明の原則に限定されるとしていた。しかし、この医学基準では患者が知りたい情報を知ることができない場合があるばかりではなく、患者の生活信条や生活指針に合った治療を選択できない場合が生じる。このことから、インフォームドコンセントの法理念の下では、十分な説明の根拠として医学基準ではなく、患者基準が採用されるようになった。これでは、医師は患者が要求するだけの医学情報を開示しなければならない。医師は患者が治療を受けるか否かの判断を行う際に必要な判断材料をすべて説明する必要があるとしている。しかしこれだけでは、医師が十分な説明として何をなすべきかが明確ではない。このことから、Appelbaum1)は、治療者にとって十分な説明のガイダンスとなることは、インフォームドコンセントの理念に立ち戻って、十分な説明により、危険と利益を考える機会が患者に与えられ、患者にとって適切な治療の選択が行われるようにすることであるとしている。それを具体的に表すと、次の3項目となるとしている。実施しようとしている治療の性質と目的、その危険性と効果、可能性のある他の治療法である。

 1991年に国連総会において採択された「精神疾患を有する者の保護及びメンタルヘルスケアの改善のための諸原則」の中で、インフォームドコンセントを実施する際に、患者に伝えられるべき情報として次の4項目が挙げられている。診断上の評価、提案されている治療の目的、方法、予測される期間及び期待される効果、より侵襲性の少ない方法を含む他に考えられる治療法、提案されている治療において考えられる苦痛、不快、危険及び副作用である。

 我が国においては、平成15年9月に厚生労働省が「診療情報の提供等に関する指針」を医政局長通知として発表している。それによれば、「医療従事者は、原則として、診療中の患者に対して、次に掲げる項目等について丁寧に説明しなければならない」としている。現在の症状及び診断病名、予後、処置及び治療の方針、処方する薬剤について、薬剤名、服用方法、効能及び特に注意を要する副作用、代替的治療法がある場合には、その内容及び利害得失(患者が負担すべき費用が大きく異なる場合には、それぞれの場合の費用を含む。)、手術や侵襲的な検査を行う場合には、その概要(執刀者及び助手の氏名を含む。)、危険性、実施しない場合の危険性及び合併症の有無、治療目的以外に、臨床試験や研究などの他の目的も有する場合には、その旨及び目的の内容である。この「診療情報の提供等に関する指針」に見られる7項目は、国連原則に見られる4項目をさらに詳細に述べたものであり、異質な項目が加わったわけではない。以上、必要で十分な説明についてインフォームドコンセントの法理念の立場から述べた。

 一方、臨床実践の場では、どんな説明が求められているかも重要なことである。そこで患者家族が何を知りたいと望んでいるかについて見てみたい。高村3)は、全国精神障害者家族会連合会の相談室では、医療に関係した相談で最も多いのは次の3項目であるとしている。どのような病気なのか、治療(投薬内容を含む)はどのように進められるのか、家族として本人にどのように接したらいいか、であるとしている。ここに挙げられたとは、インフォームドコンセントの法理念に含まれた項目である。しかし、それが患者や家族に十分に伝わっていない現実が示されている。ここに挙げられたは、インフォームドコンセントの法理念には含まれていない。しかし、家族は治療の協力者であり、援助者の一員であるから、守秘義務の原則に反しない限り、適切で十分な説明が求められていることを示している。医師法23条においても、保護者に対する療養方法の指導を義務付けている。そして高村は、医療側に対して、次のような要望をしている。「時間をかけて行われる治療の中では、漠然とのしかかる不安の中で受診する側の心情を理解し、問題を共有しながら、共に考えていくという作業を加えることで、本人、家族の不安や不信は多少なりとも払拭され、よりよい関係性が構築されていくのではないだろうか。」前節で説明の必要性を述べたが、その中で治療者患者関係を樹立し、患者の治療動機と治療意欲を高めることも含まれるとした。しかし、この要望がなされるということは、それらのことが十分に行われていない現状を示しているのであろう。法的に求められる説明内容は、前記の国連原則あるいは厚生労働省の「診療情報の提供等に関する指針」に言い尽くされているが、その他に患者や家族の不安に耳を傾け、そこから出てくる疑問に対して誠実でかつ希望を失わないように応えることが求められる。彼らに不安をもたらしている疑問として、次のようなことをしばしば耳にする。それらは、「果たして治るのか治らないのか」、「治るのにどれくらいかかるのか」、「学校へ行けるのか」、「結婚できるのか」、「就職できるのか」、「子供をもっても良いのか」などである。それらは、病状の見通しであり、それが患者と家族の人生経路に与える影響についての質問である。それらの質問は、インフォームドコンセントの法理念から回答を義務付けられた質問ではない。しかしそれらの質問への回答は、彼らとの治療関係を樹立し、彼らの治療動機と治療意欲を高めるためには避けて通れない。

いかに説明するか

 Appelbaum1)によれば、インフォームドコンセントの法理念から見ると説明の技法には二つある。イベントモデルとプロセスモデルである。

イベントモデルでは、患者の意思決定をある時点に起こるイベントとして捉える。このイベントモデルでは、インフォームドコンセントの法に求められる説明を患者に告知し、その同意を得るイベントと考える。そのこと自身は、インフォームドコンセントの法に合致している。しかしこのモデルでは、患者がその説明をどのように理解して自己の生活信条や生活方針に照合して判断を下したのかは重要なことではない。1回の説明でも、患者の同意が得られればそれで十分という考え方である。極言すれば、同意書に署名を貰えば事足れりとする立場である。このモデルでは、患者の役割は次のプロセスモデルに比べて受動的である。

それに対して、プロセスモデルでは、患者の意思決定を患者と治療者との絶え間のないかかわりの中の一要素と捉える。したがって、患者との情報交換は治療者ー患者関係を通じて行われなければならないと考える。このモデルでは、患者の役割はより積極的である。患者は、治療者に質問を行い、治療者はそれに答える相互のフィードバックによって、患者は説明を理解し、それを自己の生活信条や生活方針と照合することができる。さらに、そのフィードバックを通して、患者の生活信条や生活方針を治療者側に理解させることができる。その結果得られた種々の選択の中から治療法を決定する。その治療効果や満足度を治療者側にフィードバックすることによって、次の治療段階へと向かう。このモデルでは、治療は患者と治療者の共同作業となる。Appelbaum1)は、このプロセスモデルに基づいて治療段階を見ると次の5つの段階に分類できるとしている。治療者と患者との関係を確立すること、問題を規定すること、治療のゴールを確認すること、治療へのアプローチを選択すること、フォローアップすること、である。

 第1段階は、治療者と患者の関係を確立することである。初診の患者にとっては、どのような診断をつけられて、どのような治療を提案されるかよりも、むしろこの治療者に治療を任せても大丈夫であるかどうかという不安が大きいであろう。患者が治療者を信頼しても良いかどうか迷っている時、あるいは治療関係が確立していない時に、患者の将来にとって致命的となり、患者に恐怖や不安を与えるような診療情報を無造作に告知するのは適切ではない。初診の段階では、治療情報は患者に受け入れられ、治療関係を確立し、治療意欲を持ち、希望を失わないように伝えられる必要がある。たとえば、初診時に統合失調症の病名を告知することが適切かどうかは、患者の受け取り方を十分に見極めた上で慎重に判断されなければならない。統合失調症にまつわる誤解や偏見が患者自身にも家族にもある中で、それを告知することは安易にできることではない。医学的事実に反する情報が提供されてはならないことは当然であるが、事実に基づいて、なおかつ患者が希望を失わずに治療に取り組むように説明がなされなければならない。統合失調症の病名告知は、治療関係が確立し、患者が治療に取り組むようになった時に、その病名にまつわる誤解や偏見を取り除きながらなされるのが適切であると考える。

 第2段階は問題を規定することである。医者は患者がどんな病気をもっているかに関心をもっているが、患者はそれよりもむしろ日常生活に支障をもたらしているものに関心がある。したがって、何を治療するかは単なる医学的問題ではない。症状があれば、それがすなわち治療対象であるとは限らない。患者にとって何が問題であり、何を治療したいと思っているのかが明らかにされなければならない。疾病認識の乏しい患者の場合にも、何が治療できるのかを伝え、また何を治療すべきであるのかを話し合い、治療対象を明確にすることによって、共にそれに取り組むようにする必要がある。

 第3段階は治療のゴールを確認することである。患者が非現実的なゴールを持っていることは稀ではない。また、患者が積極的に治療に協力することなしに、治療者が治してくれるものと思っている場合も少なくない。このことは、治療者がパターナリズム的(保護者的)な治療者患者関係に拠っている場合に現れやすい。希望はいかなる段階でも、いかなる時においても治療の大きな要素である。現実から外れないで、なおかつ希望を失わないで取り組める治療ゴールを患者と共に見出していくことが必要である。

 第4段階は治療へのアプローチを選択することである。この段階では、治療ゴール、治療方法、代替方法、治療による利益とそれにともなう危険、治療しなかった場合に起こること、などを患者が理解し、その生活信条や生活方針に照合して選択できるように情報提供する。これは、一方的な告知ではなく、治療者ー患者関係に基づくフィードバックによって達成される。

第5段階はフォローアップである。治療結果が評価されて、それによって治療方法や治療ゴールが変更になる場合がある。この治療結果の評価は単純ではなく、治療によって自覚症状としては不快感が増大したり、症状が転換して別の症状を呈するために治療ゴールを変更する必要に迫られることがしばしばある。不快な自覚症状の発現や症状の転換についても、患者に納得できる説明がなされなければならない。副作用の発現についても十分にモニターされなければならない。そのためにも、副作用の発現を治療者にフィードバックできる治療者患者関係が維持されていなければならない。

 以上のように、プロセスモデルに基づくインフォームドコンセントの段階を通して、患者は治療者と共に自らの病気に対峙し、それを統御していく意思を確立し維持していくことになる。それは、治療者から見れば信頼に基づいた治療関係を確立し維持していくことになる。

すなわち、プロセスモデルのインフォームドコンセントは、治療関係の一部であり、それとは別個の法律的行為としてあるわけではない。このように、プロセスモデルはインフォームドコンセントの法理念から出発しているが、臨床実践から見ても、治療者と患者が共に目的とすべき臨床理念を示している。それに反して、イベントモデルは、インフォームドコンセントの法理念には合致しているが、患者の関与を契約者の署名人として以上には見ていないという意味ではやや非人間的な印象を与える。

文献

1)Appelbaum, P.S.,Lidz,C.W.,Meizel,A:Informed Consent:Legal Theory and Clinical Practice.(杉山弘行訳:インフォームドコンセントー臨床現場での法律と倫理)文光堂、東京、1994 

2)斎藤正彦:精神疾患を有する者の保護及びメンタルヘルスケアの改善のための諸原則. 日精協誌 11:55:64.1992

3)高村裕子:相談活動から考える家族支援. 精神科臨床サービス 5:375:378.2005

4)高柳 功:インフォームドコンセントの歴史と今日的意味. 松下正明、高柳 功、中根允文、斉藤正彦監修「インフォームド・コンセント ガイダンス」、先端医学社、東京、1999

5) Tasman,A., Riba,M.R., Silk,K.R.: The Doctor-Patient Relationship in Pharmacothery


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